周産期メンタルヘルス
妊娠期間と産後・子育ての期間を合わせて周産期と呼んでいます。
この期間は女性にとって望ましい時期である一方、さまざまなストレスが加わる時期でもあります。妊婦やお母さんが心理的不調をきたすだけでなく、それが育児、親子関係、夫婦関係、家族関係にも無視できない影響を与えます。
この領域における私の研究の出発点は、市立川崎病院での妊娠期間かスタートする前方視調査でした。この研究で、従来は幸福な時期と考えられて(誤解されて)きた妊娠期間中に実は高頻度にうつ病の発症が見られることを見出し報告しました。
振り返ると、世界的に妊娠期間中のうつ病を報告した最初の3グループの一つになっていました(あとの2グループはイギリスの Kumar とナイジェリアの Gureje です)。
以降、継続してこの領域の研究を行ってきました。
女性のメンタルヘルスの専門誌である Archives of Women’s Mental Health の editorial board にも招待され、また家族研究雑誌である Open Family Studies Journal の regional edior も務めています。
主たる業績一覧
関係資料
PDFを用意しております。
- 【1】 周産期メンタルヘルス研究小史
- 【2】 産後にうつ病が多いは誤解
- 【3】 産後うつ病・児童虐待・嬰児殺に関する意見
- 【4】 ボンディングとその障害
- 【5】 産後うつ病はホルモンバランスの崩れが原因だは誤解
※ 各論文の PDF ファイルは年代ごとの論文一覧から入手できます。
産後うつ病・児童虐待・嬰児殺に関する意見 要旨
北村メンタルヘルス研究所
北村 俊則
南谷 真理子
大橋 優紀子
母親が産後5カ月目の児を絞殺した事件を受けて平成 25年1月に「神戸市における乳児死亡事例検証結果報告書概要」(以下、神戸報告書)が発表された。この報告書の論調は、「嬰児殺は児童虐待の延長線上にある」、「嬰児殺の遠因は産後うつ病である」、「児童虐待の重大な危険要因のひとつが産後うつ病である」、「産後うつ病はエジンバラ産後うつ病評価票 (EPDS) でスクリーニングができる」、「保健師は EPDS を用いて見守りを行うべき(あるいは、できる)」というものである。
問題1:児童虐待は嬰児殺の原因か?
非常に頻度の低い嬰児殺が、頻度の高い通常の身体的虐待と質的に同一であるかについては慎重な検討が必要である。もし、身体的虐待が極端になった結果、嬰児殺が起こるのであれば、嬰児殺の事例では、事件の前に高頻度に(通常の)身体的虐待が多くみられるはずである。しかし、実際には(嬰児殺の先行研究で取り上げられている程度の)児童虐待は一般人口中で比較的高頻度に見られるものである。嬰児殺事例における事前の虐待が著しく高頻度であるとはいえない。
問題2:うつ病は嬰児殺の危険要因か?
嬰児殺の原因を母親の精神疾患に求めるなら、対照群をとってオッズ比を求めた研究をすべきであるが、こうした研究は見られない。産後うつ病が嬰児殺しのリスクと結論付けるのは難しい。
問題3:産後うつ病が虐待の危険要因か?
産後うつと児童虐待は背景のリスク因子に共通するものが多いことを考慮しなければならない。当研究所での横断的研究では、虐待的育児という変数の変動の 9 割近くは、産後うつやボンディングでは説明できないことが明らかとなった。また縦断研究では、ボンディング障害と産後うつは併存しやすいが、心理的虐待を予測していたのは産後うつではなくボンディング障害であった。母親の虐待的育児を抑制する要因についても考察する必要があろう。われわれは産後の虐待的育児が周囲からの良好なソーシャルサポートによって低減することを報告している。
問題4:EPDSで産後うつ病の診断ができるのか?
EPDS は産後うつ病をスクリーニングすることを目的に作成されたツールであり、産後うつ病2を確定診断するために使用することはできない。日本語版 EPDS でのカットオフポイント(8/9点)を取れば、陽性反応的中度は 0.50 である。EPDS が高得点の者の中には、精神学的診断において産後うつ病でない者が、半分含まれている。EPDS で陽性に出た事例については、操作的診断基準に準拠した構造化面接を用いて最終的な判断を行わなければならない。
問題5:保健師は EPDS を用いれば見守りができるのか?
産後の訪問事業の目的は具体的規定されてこなかった。産後のメンタルヘルス項目についてのみ述べれば、我々は以下の項目が必要であると考えている。
(1) 母親の精神症状の把握と診断的アセスメント
(2) 母親の児へのボンディングと育児行動および児童虐待
(3) 児の気質と発達
(4) (パートナーがいれば)パートナーとの適応と家庭内暴力
母親の精神症状を広範囲にかつ正確に評価するには Structured Clinical Interview for DSM Axis I Disorders を、母親の児へのボンディングの評価には Mother-to-Infant Bonding Scale(MIBS)を、児童(新生児)虐待には Conflict Tactics Scale (CTS) を、パートナーとの適応には Marital Adjustment and Prediction Test (SMAPT) を利用することも考慮すべきであろう。さらに母児が置かれている生活背景・家族機能について複合的な観察を行うことで、虐待の早期発見、支援につながり、ひいては嬰児殺の予防につながると考えられる。